令和6年度第3回「教育喫茶」を実施しました!
9月21日(土)、札幌市資料館SIAFプロジェクトルームにて、今年度3回目の教育喫茶を実施しました。教育喫茶は、教育に関わる先生や学生、アーティストなどが集い、教育とアートに関する課題や可能性を話し合うコミュニティの場です。2023年にスタートし、隔月ペースで行っています。
この日は、教育現場に携わる方や、自治体、美術教育に関心がある方など、会場とオンラインで合計14名にご参加いただきました。
テーマ
「教育×テクノロジー×アート ヨーロッパのマチ(社会)づくりをアルスエレクトロニカから俯瞰する」
今回の店長(講師)は佐藤正範さん(北海道教育大学 未来の学び協創研究センター 特任講師・SIAFスクールアドバイザー)と三浦啓子さん(北海道教育大学 岩見沢校 准教授)。お二人は9月上旬にオーストリア、フランス、フィンランドを訪れ、まちづくり、教育、アートの各分野について視察を行ってきました。実際に現地を訪れて感じたことや印象に残ったことなど、それぞれの視察報告から抜粋してご紹介します。
佐藤正範「図書館を中心とした公共施設から教育を考える」
前半は佐藤さんがヨーロッパの街、公共施設、図書館について、写真を交えながら発表しました。
街の特徴
ヘルシンキの午後8時の様子
ヨーロッパの街は、中心部でも店の看板や交通サインが少なく、視覚的にシンプルな印象を受けたそうです。オーストリア・リンツのドナウ川には柵がなかったり、フィンランド・ヘルシンキでは、20時でも明るく、人々が外で活動しているためか、子どもたちが出歩いている様子がみられ、日本と比べて便利さや安全面の違いを感じたそうです。
公共施設の魅力
フランス・パリのシャルル・ド・ゴール空港では、エアコンの室外機までもが美しくデザインされ、未来的な造形のエスカレーターも印象に残ったといいます。街なか同様、空港内もサインが控えめで、乗り場がわかりにくい一方で、空間が大切にされていることを感じたそうです。
①フィンランド ヘルシンキ中央図書館Oodi
2018年に開館して以来、その建築美と従来の図書館の枠組みを大きく超えた機能性が注目されているヘルシンキ中央図書館「Oodi(オーディ)」。このOodiでは、まずその建築の美しさに圧倒されたそうです。この図書館では、ミシンやレーザーカッター、楽器などのツールや、スタジオ、キッチンスペースなどの様々なワークスペースがあり、全て無料で利用できます。専門スタッフの配置はないものの、説明書が用意され、十分に補完されています。
館内ではチェスを楽しむ人々や、勉学に励む学生、親子での読み聞かせの空間もあり、老若男女多くの人が集まる場所となっているそうです。
②フィンランド エスポー市 セロー図書館
セロー図書館では、子どもからシニアまで様々な世代を対象にした音楽レッスンやヨガなど無料のワークショップが豊富に開催されています。また子ども向けのe-sportsエリアや現地の行政サービスエリア、工作スペースも設けられてます。車椅子の方や体が不自由な方も日常的に利用しているようです。
まとめ
佐藤さんは視察を通じて「個人の権利・責任」を強く実感したといいます。子どもが泣いても許容し合う環境や、自己責任でやりたいことを自由に実現できる場が整っていると感じたそうです。また、車椅子用トイレが開き戸であったり、街では、電車のドアを自分で開けるシステムが採用されていることも、自己責任の一環と考えられると話しました。ヨーロッパでは自己選択と責任が重視され、他者を尊重する社会が形成されている一方で、日本の教育やサービスは過干渉ではないか、とあらためて考えさせられたそうです。
三浦啓子「アルスエレクトロニカとフィンランド図書館に見る町の捉え方」
後半は三浦さんが、アルスエレクトロニカ・フェスティバル(※)を中心に発表しました。
アルスエレクトロニカの概要
アルスエレクトロニカは、SIAF2024のディレクターを務めた小川秀明さんが所属している機関で、オーストリアのリンツ市を拠点に、40 年にわたり「先端テクノロジーがもたらす新しい創造性と社会の未来像」を提案し続けているクリエイティブ機関です。リンツ市では、電気、水道、交通と並んで位置付けられる公営企業でもあります。
アルスエレクトロニカ・フェスティバル2024
今年のアルスエレクトロニカ・フェスティバルは「HOPE〜流れを変えるのは誰か〜」をテーマに、9月4日から8日まで開催され、112,000人以上が来場しました。会場は旧郵便物配送センターや大学など多岐にわたり、展示作品数も非常に多いことが特徴です。
多様なメディアを用いた作品
アルスエレクトロニカ・フェスティバルでは、AIやVR、画像生成など多様なメディアを用いた作品が多く展示されています。そのような没入感満載な作品の鑑賞は、作品に対して深く入り込み、現実との境界が曖昧になるものが多く、感覚や感情が揺さぶられるような体験が多かった、と三浦さんは言います。
会場内のインフォグラフィックス
会場内に様々な作品が並ぶ中、時代やテーマ、展示について俯瞰してみることができるインフォグラフィックスが掲示されていたそうです。インフォグラフィックスとは、言葉や数字だけでは伝わりづらい情報を、図や表、イラストなどを用いて視覚的に分かりやすく伝える手法です。三浦さんは、このインフォグラフィックスがあったおかげで、俯瞰的な視点と、作品の中に深く迫る体験の行き来がとても面白く感じたと話しました。
また、かつて実在した部屋をVRで再構築した体験型作品について、「テクノロジーを活用しながらも骨組みのみでつくられており、その外観とのバランスがより叙情的に写り、印象に残った」とのこと。このように全体を通じて「ガワ(視覚的な要素)」と「内在」について考えさせられることが多かったそうです。
他にも、特殊なスピーカーを用いて、特定の場所に座った人だけに物語が聞こえる作品や、生成AIを活用したミュージックビデオの作品なども印象的だったと話しました。作品数の多さや、それぞれの作品が扱う社会や環境などのテーマに触れることで、常に思考を促されるような感覚だったそうです。
まとめ
アルスエレクトロニカ・フェスティバルではAIを使用した作品が多く、AIが単なるツールではなく、ストーリーテリングやコンセプトにおいても芸術的探求の一部として活用されていることがわかります。三浦さんは、メディアのあり方や表現、アートの役割についてもあらためて考えさせられたと話しました。
またフィンランドの図書館を訪れた際、担当者が「図書館は街のリビングルーム」と述べたことが印象に残っているとのこと。リビングや押入れ、庭など、街全体を間取りとして考える面白さや、新しい視点が生まれる可能性を感じたそうです。
参加者の感想
・札幌でも図書館の横にハブがあるといいと思います。また、子ども達が経験したことに対して結果を急がず、10年スパンなどで見ていくことが大切だと思いました。
・教員として、学びを続けられる生徒を育成するための参考になりました。公共図書館をどう利用していくか、学校との導線作りについて考えていきたいと思います。
・教育者とアートが繋がっているこのような場は貴重で、非常に面白いと思いました。
・デジタルに不安を感じる方々も、教育を切り口にすると取り入れやすいのではないかと思いました。
お二人からたくさんの写真とともにヨーロッパのまちについて、そしてアルスエレクトロニカについてご紹介いただきました。札幌においては何が必要で、どんなことができるのか。紹介された様々な事例をヒントに、その可能性を、引き続き参加者の皆さんと考えていきたいと思います。
教育喫茶では、教育に関わる先生や学生、アーティストなどが集い、様々なテーマに基づいた実験的なプログラムを作ったり、体験したりする中で、学校と芸術祭が「これからの教育」を共に考え創造するプラットフォームとなることを目指しています。
興味のある方、参加希望の方は事務局までお問い合わせください。
お問い合わせ先:operation@siaf.jp
※ アルスエレクトロニカ・フェスティバル...1979年に電子音楽の祭典として始まった世界的なメディア・アートの祭典。アート、テクノロジー、社会をつなぐ出会いの場として、毎年、世界中から参加者が集まり、展示、カンファレンス、パフォーマンス、といった様々な実践が発表され、議論が繰り広げられる。
佐藤 正範(北海道教育大学 未来の学び協創センター特任講師・SIAFスクールアドバイザー)
北海道大学教育学院修了(教育学修士)。札幌市立小学校教諭、東京学芸大学付属小学校で勤めた後、現在はICT/情報活用のアプローチから教員養成と教育研究を続ける。札幌国際芸術祭2014ではチ・カ・ホ特別展示《センシング・ストリームズ―不可視、不可聴》のテクニカルを担当。以後、SIAFラボ「世界をつなぐ音をつくろうーサウンドプログラミングがつなぐキミと世界」「クリエイティブ・コーディング・スクール in さっぽろ2015」などSIAFの教育関連活動の企画・運営を続ける。
三浦 啓子(北海道教育大学岩見沢校准教授)
制作会社所属時に、データ解析ソフトウエアデザイン、ソニーミュージックストリーミングプレイヤー開発、マイクロソフトキッズメニューデザイン(ウエブ)等などを経て、現職。プログラミングなど情報領域を組み込んだ視覚表現とデジタルをベースにしたデザイン教育の研究を行っている。最近は、既存施設に新たな機能を作り出す場のデザインにも関わっている。また、アニメーション作家である倉重哲二氏と体験者の妄想を紡ぐ装置としてのゲーム作品を共同開発中。2024年11月新千歳空港国際アニメーション映画祭にて展示予定。