芸術祭における「参加者」
この言葉 伝わる
サイアフ事務局の文章校正は 年々厳しくなっている
些細な一文にも思いがけない赤が入るし 多用してきたフレーズだって容赦なし
これは突然鬼のようなスタッフが登場したからではない
開催を重ねながらサイアフの参加者ってどんな人という シンプルで大切な問いに向き合ってきた結果だ
例えばサイアフの紹介文 サイアフの簡単な説明として札幌国際げいじゅつさいは 3年に一度 札幌を舞台に開催される芸術の祭典ですという一文を長年使用してきた
サイアフ2024の準備が始まった頃 使い慣れたこのフレーズをめぐって 事務局の古株スタッフから疑問が投げかけられた 芸術の祭典って伝わるのかな 言葉が抽象的で 興味を持ってもらいたい初めての人には伝わらないと思う
参加者は多層 でも......
国際げいじゅつさいがどんなものかを知っている人と そうではない人 事務局では専門層アートファンと札幌市民という言葉で 大きく二つのイメージで来場者を想定することが多い
前者は文化芸術に携わる人や 国内外のげいじゅつさいや展覧会を普段から楽しんでいる人 と捉える
そして札幌市民 もちろん専門層アートファンといえる人もいるが 札幌市が毎年実施する文化意識調査や 札幌市民である私自身のまわりをベースに考えると 事務局が向き合う札幌市民はげいじゅつさいを知らない人や参加したことがない人が圧倒的に多い
サイアフには たくさんの専門層アートファンが市内外から訪れてくれるし 彼らの満足度も担保できるコンテンツが求められる
でも 歴代ディレクターとつくり上げたこれまでのサイアフ そしてげいじゅつさいの端境期にも試行錯誤のプログラムを展開してきた事務局が考えるメインのお客さまは やはり札幌市民なのだ
だから自問自答する
げいじゅつさいに初めて参加する人にはどんな情報を どんな言葉で伝えるとわかりやすいだろう現代アートにあまり触れたことのない人にも このプログラムは参加しやすいだろうかといった問いはとても大切だ
げいじゅつさいの主役は アーティストでも企画者でもなく参加者 これは中止となったサイアフ2020で取り入れたアートメディエーションの考え方である
情報一つ プログラム一つにサイアフの参加者を思い浮かべながら 自問自答を繰り返せるようになってきたのが 現在の事務局なのだ