SIAFのはじまり

サイアフは 2014年しちがつ19日どようびに初回がスタートした このテキストを記している現在 サイアフ2014の開催から約10年という歳月が経過したことになる
これからのサイアフを考えていくため これまであまり紹介されてこなかった初回開催までを中心に サイアフの歴史を振り返ってみたい

サイアフ前夜端 聡さんへのインタビューをもとに

サイアフは 2012年ろくがつに札幌市によって策定された札幌国際げいじゅつさい仮称基本構想に則り開催されている

この基本構想の検討委員会の一人に名を連ねていたのが サイアフ2014で地域ディレクターを務めた端 聡さんだ
長らく札幌で活動してきた端さんに 改めて サイアフ前夜を振り返ってもらった

端さんによれば サイアフの開催に至るまでには 二つの大きな動きがあったという
それはアーティストを中心とする市民運動と 行政が推進した創造都市さっぽろ宣言であり 端さんの言葉を借りれば その二つの流れがある意味 奇跡的に一つになり サイアフが実現することになる

市民運動

札幌において 国際げいじゅつさいを目指す動きは1970年代から始まった

国際的なネットワークでの活動を重要視する地域のアーティストが 自ら主催する展覧会が開催されるようになり 端さんが市民運動と称する流れがつくられていく

1981年には ART TODAYSAPPORO TRIENNALE 第一回 国際現代美術展がほっかいどうりつきんだいびじゅつかんで開催 しかしながら 作家自ら企画運営をしていたこのトリエンナーレは 3回目のサッポロトリエンナーレ1987で終了となる

その後 こういった自主開催の展覧会は断続的には実施されるが バブル崩壊という経済的な混迷期もあり 大きな変化は2000年代を待つことになる

2000年代になると げいじゅつさいを見据えた土台が時間をかけて実現されていく
端さんはその活動を牽引する一人であった

その土台は四つ挙げられ げいじゅつさいを支える人材育成1 地域のホスピタリティ醸成2 市民が芸術に触れるためのパブリックアートの必要性3 そして小規模であっても布石となる展覧会の実施4であった

1を具現化したのが 端さんが主宰したCAIアートスクール19962020 2はレジデンスプログラムのS-AIR始動2005 3は500m美術館の設置開館2011 そして4 はっきりと国際げいじゅつさい実現にむけてというキャッチコピーを打ち出した 国内外作家16名による展覧会FIXMIXMAX現代アートの最前線2006年1いちがつ10日19日

この展覧会実現のキーパーソンが 当時 札幌市内でギャラリー運営をしていた故門馬よ宇子さんである
予算が足りず 開催が危ぶまれるなかで 門馬さんからの資金提供が状況を変え スタッフの意欲が高まり その開催が現実のものになったという

創造都市さっぽろ宣言

もう一つの流れが 2006年さんがつの創造都市さっぽろ宣言である

人々の創造性アイデアを生かしたまちの発展を目指すことが札幌市からの宣言というかたちで発信され さまざまな文化施策に弾みがつくようになっていく

続く2007年には 札幌市文化芸術振興条例が制定 2008年には創造都市さっぽろ推進会議が開設され ユネスコ創造都市ネットワークへの加盟を視野に入れた議論が始まることになる

このネットワーク申請には その象徴となる事業が必要である この頃から国際げいじゅつさいの開催という言葉が行政の話題に上がり始めたという

この民間の継続的な動きと 行政の動きが合致し 2010年に始動するのが 札幌ビエンナーレプレ企画実行委員会である 国際げいじゅつさいの開催を見越し プレと言い切った実行委員会が組織された

2011年には 端さんが芸術監督となりしがつにほっかいどうりつきんだいびじゅつかん 1いちがつには札幌芸術の森美術館にて札幌ビエンナーレプレ企画展が開催された
この流れを経て 2013年には 晴れて札幌市がユネスコ創造都市ネットワークのメディアアーツ都市に加盟

いよいよサイアフ2014開催の舞台が整ったことになる

サイアフ2014の開催

しかしながら 冒頭で触れた札幌国際げいじゅつさい仮称基本構想の検討委員会設立後 サイアフ実現に向かう過程に 札幌ビエンナーレプレ企画展で奔走したスタッフの多くは関わらなかったという

実際 サイアフ2014に向けては 多くのスタッフは外部から集められ 企画実施が進められた
著者も外部から集められたスタッフの一人であり 前述のようなサイアフの背景を知ったのは 2014の開催後であった

このように 2014の開催に当たっては 市民運動の流れから何かが捻れてしまった状況があったようなのだが その詳細はどこにも語られていない

サイアフ2024までの10年

2014 2017の2回のサイアフは 連続して表現者であるゲストディレクターを迎え 夏に開催された

坂本龍一氏 続く大友良英氏の方針 そして個性が隅々まで行き渡り げいじゅつさい自体が一つの作品とも捉えられるユニークなげいじゅつさいが札幌に出現したように思う
開催詳細に関しては 現在もウェブサイトやYouTubeからご覧いただくことができる

その評価や受け止め方は 立場や視点によってさまざまであったが 継続して大きな課題となっていたのが市民浸透と実施体制の持続性であった

そのため 2020の開催に向けては大きく舵を切ることになる
げいじゅつさい経験者である専門家を交えた複数のディレクター体制天野太郎氏 アグニエシュカクビツカ゠ジェドシェツカ氏となり 市民へのアプローチの窓口として コミュニケーションデザインディレクター田村かのこ氏がたてられた
そして また札幌という土地の特性を考慮し 雪の降る冬に開催時期を変更した

しかしながら この大きな賭けに出たサイアフ2020はCOVID-19の影響で中止となってしまう この詳細は幻のサイアフ2020を書籍にした図録札幌国際げいじゅつさい記録集サイアフ2020インデックスを参照してほしい

創造都市という文脈

歴史を振り返るにあたっては 創造都市への向き合い方が サイアフの内部において大きく変化してきたことに触れておく必要があるだろう

サイアフ2014当時創造都市さっぽろ国際げいじゅつさい実行委員会としていた組織の名称は 2015年からは札幌国際げいじゅつさい実行委員会に変更され 管轄部署も札幌市観光文化局から市民文化局に変更となっている

さらに その後の機構改革をうけ 観光振興は経済観光局の管轄となり 市民文化局は 区役所の連絡調整及び住民活動 市民自治の推進 消費生活 男女共同参画 芸術文化の普及振興 文化財の保存活用などに関する所管とされている
この変化は実質的に サイアフ2017以降 市民訴求が一大命題となったサイアフの変化に呼応していると捉えることは可能である

サイアフがユネスコ創造都市ネットワーク加盟に向けた象徴事業であったことは前述の通りだが こういった組織的な変化を経て 事務局として創造都市 メディアアーツ都市をどう踏まえるのか この10年はその模索であったともいえるが サイアフ2024でディレクターに選出された小川秀明氏は その先端都市であろうオーストリアリンツ市で活動をする人物であった

そのため 小川氏の就任が改めてこの重要な背景を捉え直す機会となったことは言うまでもない

では 実に6年半ぶりに開催されたこのサイアフ2024はどのようにつくられたのか 本書では それを内部の視点から解き明かしていくことにする

細川麻沙美サイアフマネージャー