三つのディレクション

SIAF2020は、1名のゲストディレクター制から複数の専門性を持つ3名のチーム制へと体制を変更し、ディレクターチームで練り上げたテーマとコンセプトを基盤に、さらなる躍進を目指します。企画ディレクター2名は、現代アートとメディアアート、それぞれの特性を生かしながら、アーティストやキュレーターとの対話を通じて展覧会と関連プログラムを企画・監修します。コミュニケーションデザインディレクターは、展覧会作りの段階から企画ディレクターたちと協働し、鑑賞者とのあいだに立って、芸術祭をより多くの人々に届けるためのプログラムを企画・監修します。
3名が対等な立場で協議しながら、展覧会・プログラムの充実を目指すのはもちろんのこと、分かりやすく魅力的に伝えるための方法を企画段階から考え、実践していくのが特徴です。
芸術祭全体は、現代アート担当の企画ディレクターが統括します。

現代アート

天野 太郎の写真
企画ディレクター(現代アート担当)/
統括ディレクター

天野 太郎

国内外の多様な背景を持つアーティストが、前述のコンセプトを念頭に自らの身近な「風景」を捉え直し、その意味を再確認していくような作品を制作・発表します。その中で、例えば江戸時代から北国とその他の地域を結ぶ役目を担っていた「北前船」などの歴史的事象を通じて、北海道の地政学的な位置付けを「人」「もの」「こと」の流通において再考することや、北海道で活動する学芸員たちと協働して地元の美術館・博物館の所蔵作品も取り入れながら、この土地が持つ文化価値に焦点を当てるなど、地域性を生かした取り組みにも力を入れます。

また、テーマが示す循環の過程に時間の流れが内包されているように、美術史に内包される時間から読み取れるものについても考えます。例えばデジタルメディアの台頭により、オリジナルとコピー(模倣)という概念を再定義する世界が新しい視覚イメージとして現れ、これまで美術の基本となっていた重要な考え方—作家の自律性(autonomy)や作品の真正性(authenticity)—が揺らいでいます。それはこれからのアーティストや作品のあり方を問うものであると同時に、後世のために何をどう作品として残していくのかという、アーカイブと保存の問題にもつながっています。カセットテープや初期のコンピュータなど、作品を支える技術が時代に取り残されていくとき、その作品は時代を超えて作品であり続けられるのでしょうか。スマートフォンやインターネットなど、多くの人々の思考や記憶そのものがテクノロジーに依存している今、過去から未来への接続方法にも新しい発想が求められています。

メディアアート

アグニエシュカ・クビツカ=ジェドシェツカの写真
企画ディレクター(メディアアート担当)
アグニエシュカ・クビツカ=ジェドシェツカ

大地と空の間で大きく変化しながら動き続ける現代社会と未来について考えるとき、歴史や地政学と同等に重要なのが、アルゴリズムに支配され、第四次産業革命のただ中でデジタル化・AI化の進む現在との向き合い方です。それは今まさに頭上に浮かぶ雲(クラウドコンピューティングや世界的な通信ネットワーク)と、降り積もる雪(情報と多様化する発信方法)との暮らし方に例えることができるでしょう。そこで今回のSIAFでは、現代アートとメディアアートを区別することが可能かについて自問しながらも、あえてテクノロジーと相関する芸術表現をメディアアートとして独立させ、その意味と取り組みについて重点的に考えていくことにしました。

SIAF2020では、コミュニケーションとテクノロジー、そしてその専門的な技術、方法、道具が、常に人間の認知、社会、文化、生活と自然のあり方を形作り、再定義してきたことに着目し、メディアアートを芸術の視点から社会をまなざす具体的な方法と捉えます。札幌市は早くからテクノロジーと都市のあり方の関係性に着目し、ユネスコ創造都市ネットワークの「メディアアーツ都市」に立候補、2013年にアジアで初めての都市として認定されました。メディアアートは、単にテクノロジーを理解し、賞賛するためのものではなく、独特の視点から日常におけるテクノロジーの役割を問うものです。そして今や日常生活に一番密接に関係する表現であり、人々の創造性や、世界を認識することへの探究心そのものを反映すると言っても過言ではありません。人々がメディアアート作品に関わることにより、スマートフォンやカメラなど、身近な生活の延長線上にあるテクノロジーや機器と上手に付き合うための見識と手段、そして現実の課題を乗り越えるための批評的視座を獲得できるものと考えます。

進化するテクノロジーと社会の関係を冷静に見つめながら多彩な表現を残したメディアアートの先駆者、ナム・ジュン・パイクはこう述べています。
「私たちの生活は、半分自然であり、半分テクノロジーである。この半々というのが良い。テクノロジーの進歩は否定できない。仕事のために技術は必要だ。しかし技術だけを追い求めると、戦争が起こる。だから私たちは、謙虚さと自然な生活を維持するための、強い人間的な要素を持たなければならない。」
McGill, Douglas C., “Art People”, The New York Times, 3 Oct. 1986.

コミュニケーションデザイン

田村 かのこの写真
コミュニケーションデザイン
ディレクター

田村 かのこ

コミュニケーションデザインは、SIAF2020のディレクションの柱の一つとして、芸術祭と鑑賞者のあいだをつなぐさまざまな企画を実施します。すでにアートと関わりの深い人々だけではなく、札幌市民、北海道民、そして道外、海外へと広がる多様な人々のそれぞれのあり方に心を寄せ、より遠くへ、未来へ、芸術祭の枝や根をのばしていくための趣向を凝らし、社会の循環の中でSIAFが担うべき役割を追求していきます。

SIAFを「のばす」とはどういうことでしょうか。その指針はテーマ「Of Roots and Clouds: ここで生きようとする」にあるroots(根、ルーツ)とclouds(雲、クラウド)を、1)垂直軸で、2)水平軸で、3)時間軸で考えることにより見えてきます。

1)垂直軸 雪の中に埋まった根のように、見えないものの存在にも想いをはせること。空に浮かぶ雲のように、手をのばしてもつかめないものの存在にも意識を向けること。
2)水平軸 どこまでも大地に沿ってのびる根のように、上下関係ではなく横のつながりを大切にし、誰とでも平等で対等な関係性を築くこと。形を持たない雲のように、既存の枠組みや人の作った境界線にとらわれないこと。
3)時間軸 自分のルーツを見つめ直して「私はどこから来たのか」という根源的な問いに向き合ったり、クラウド上に展開する未来の可能性を見つめたりして、人間の一生を超えた、より長い時間軸で物事を考えること。

このように日々の生活で向き合う時空間の外にまで想像の手足をのばし、思考を広げ、未知のものごとや他者にも寛容でクリエイティブなコミュニケーションの場を創設する。コミュニケーションデザインではこのことを念頭におきながら、SIAF2020を分かりやすく魅力的に伝えていきます。