札幌国際芸術祭

子どもたちから生まれた音楽

撮影:小牧 寿里

中村 今日はコレクティブ・オーケストラの裏側というか、このオーケストラを支えているものについて、大友さんにお話を伺いたいと思っています。大友さんはコンダクターとして今回オーケストラをまとめられたと思うのですが、指揮者というのは、普通、楽譜があって、みんなで弾くのをまとめるために指揮をしますが、今回は、ちょっと違う、ちょっとというか全然違いますよね。何をしていたのか、からくりをお話いただけますか。

大友 今おっしゃったとおりで、通常、西洋の音楽は譜面があるわけですよ。その譜面を的確に全員が共有できるように、指示を出す係が指揮者の役目だと思うんです。でも僕がやったのはそういうことではなくて、基本的には子どもたちに考えてほしいって思った。とはいえ、子どもたちだけで「さぁ考えて」って言っても多分何もできないので、きっかけを与えていく係ではあると思うんです。最初のうちは、わりとちょっとルールを与えて、「1番って出したらバンッて音出すんだよ」「5番だと長い音」「3番だとリズム出すよ」「こうやったら真似して」とかっていう、全部で7、8個のサインだけでやるんです。自分たちで音楽が作れるんだって、段々子どもたちが思っていければって感じでしたが、最後の頃にはもう子どもたちに乗っ取られました。勝手にみんな指揮し出して、しかもあの指揮、僕が出している指揮と全然違うルールでやってたりするんですよ。4って出したら4回跳ねるのに合わせて4回音を出したりとかっていうのは、あそこで自然に、自生的に生まれたことです。だから僕がやっている指揮は、全体をまとめる係ではあるんですけど、クラシックのオーケストラみたいにある楽曲を実現するためにやっているんではなくて、とりあえずみんながステージ上で、ああやって、なんかやれる方向性みたいのを作りながら、やっていく係です。

中村 もう少し突っ込んでいくと、ウォーキング・コンダクションとか、カード・コンダクションというのもありましたね。あれは、歩いている人を見て、後ろにいるみんなが反応するっていう話でしたよね。

大友 そうだよね。

中村 最初は「1ってやったら弾くんだよ」って言われているけど、結局、大友さんの動きに反応するっていうことをしていて、段々それが発展して、「じゃあ人が歩いているのを見て、音を出したらいいんじゃないか」っていう話に多分なっていったと思うんですが。

大友 そうそう。1っていうのがきっかけでバンッと音を出すっていうのは、そのきっかけが別のものでも成り立つ。今度は、じゃあ歩くのをきっかけにしようとか。音を出しているみんなの側は、短い音を出せとかそんなサインはあるんだけど、そのうち自分で考えるようになっていって、ウォーキングのときは多分、短い音とか長い音とかって考えてなかったでしょう。歩くのに合わせて出していたんだと思うんだよね、勝手に。

撮影:小牧 寿里

中村 多分知らないうちに、音楽って楽譜を音にする、こういう決まりがあってそれを音にするんだっていう発想から、見たり聞いたり感じたりしたものに自分が反応して、そのときに音を作っていくっていうマインドにみんな変わっていったんだと思うんです。
それで言うと、本番を見ていて感動したシーンがいくつかあるんだけど、一番感動したのは「やりたいやりたい」シーンなんです。

大友・一同 笑

中村 どういうシーンかっていうとですね、コンサートの後半、最後のクライマックスにいくちょっと手前でですね、子どもたちにコンダクションをしてもらおうってコーナーがあったんです。子どもたちが前へ来て何かやるわけです。それを見て、反応して、みんながいろんな音を出すっていう企画です。そうしたら、みんなが、指揮をしたいって手を挙げて。すごかったんです。5人とか6人やって、終わるはずだったんですよね。だけど「やりたいやりたいやりたい!」って、みんなが言うから、そこで何が起こったかって言うと、本番を聞いてない人、何が起こったと思います? 「やりたい!」と「はい!はい!はい!はい!」で、いきなり、即興音楽が生まれたんです。

大友 生まれたねぇ(笑)。オレ、本当に呆れて、うるせぇなぁこいつらって思ったんだと思うんだけど。

中村 そのとき、子どもたちは、大友さんが「今から即興やります!」って言ったわけじゃないけど、大友さんの体の動きとか、大友さんの気持ちとかを見ていて反応し始めて、「はいはい!」とか、「やりたいやりたい!」っていうので、コミュニケーションが生まれたんですよ。

大友 生まれました、生まれました。

中村 それで、ひとしきり、「はいはいやりたい」が、なんか音楽っぽいものになって、段々盛り上がって、バンッ!って決まったんですよね。それで、わぁ、これですごい、決まったから次行こう!って大友さんが思ったら、また「やりたいやりたい!」って始まっちゃって(笑)。
ここで私は二つのことに感動したんです。一つは、「はいはいやりたい!」っていうものから、即興的なものが自発的に生まれたってこと。もう一つは、大人だったら、もうこれで気が済んで次のセクションに行くっていうところなのに、そうやって流さないで続けてやってしまうこと。それを本番の、格式の高いKitaraのホールの中で、お客さんがかしこまっているところで、本当は時間がないのに、もうやめなきゃいけないのに、でも、「やりたいやりたい!」と言ってその場が続いていくっていう、そういうあり方は、ものすごいショッキングだったんです。私もそこで感激していたんだけど、私の周りの人たちも、そういうところで何か思っている感じがあって。

大友 そう!大人だったら次に行くんだよ。盛り上がりっていうかね、でも、実はオレ、本当に困ってたんですよ、あそこ。

一同 (笑)

有馬 実は、そこがこのオーケストラの一番の盛り上がりのポイントだったねって、大友さんと終わった後もよく話していたんですよ。

大友 一応オレ、これでもプロのミュージシャンですから時間とか気にしているわけですよ。Kitaraのホールのレンタル料のこととかあるなぁとか。あぁでも指揮、みんなやりたいんだなと思って。多分、最後のチャンスなんですよ、ずっと2年間やってきた。実はそれまで、みんなには指揮はあんまりやらせていなかったの。新鮮さを保ちたいっていうのもあって。

有馬 大友さんは、よく一般の人にも指揮をやらせたりされますけれども、コレクティブ・オーケストラの場合は、自由に「子どもたち指揮して!」みたいな瞬間ってあんまりなかったんです。

大友 実はね、1年以上前に一回だけやって、これはちょっと抑えておこうと思って。どうせやりたくなるから。それで、本番ですごいやりたいっていう気持ちをもう全開にさせようと思ったら全開になりすぎちゃって、オレ、本当に困ってた、あの時。時計、ちょっと見ながらやばいなと思って「はいはいはい!」って言わせて、ものすごい盛り上げて、「やりたいやりたい!」で疲れさせて次行こうと思ったら、疲れない。しかも面白いし、ぴったり合うし。本当に子どもたちから生まれた音楽なんですよ、あれ。

中村 うん、でも、子どもたちはこういう風にやるようにって教わっていたわけじゃないんですよね。いつも、大友さんのいうことを聞いてやっていたけど、本当は「自分たちでやりたい」とか思っていたんだよね。きっと。それがあそこで爆発して、実際に、やってみたわけなんだけど。でも、それってさっきの「やりたいやりたい」から音楽が生まれていったのと一緒で、なんかとにかく自分が音を使って表現をしたいっていう気持ちが段々生まれてきて、面白いってやり始める。指揮もするし、みんなも「もういい加減にしろ」とかを言わないで、一生懸命なんかそこから作ろうとしてやっていたっていう。そこがなんかすごく、何ていうのかな、大友さんたち「いい仕事してるなぁ」っていう風に私は思った。いい仕事っていうのは、これまでにない人間同士の関係の仕方とか、人と人が何かを作っていくあり方を生み出しているなぁっていうことです。

大友 ありがとうございます。でもあの瞬間が本当にある意味で一番困ったんだけども、一番テンションがグワーッと上がった瞬間でもあったんです。みんなの声すごかったでしょ。普段あんな声出てないでしょっていうぐらい、「やりたいやりたい!」って言ってて、録音のメーター見たらあそこがピークなんじゃないかっていうぐらいすごかったですよね。どんだけやりたいんだお前らって思ったけど。

中村 もう一つ、お客さんが感動したのは、子どもたちがあんなに生き生きとしているところを初めて見たっていうことではないかと思うんです。もちろん子どもって生き生きとしているし、楽しそうに遊んでいるけど、あんなに大勢の子どもたちが、みんな生き生きとしているっていう状況は、そんなにないと思う。普通のジュニアオーケストラでは、あそこまで生き生きしてないんじゃないかな。もちろん、ジュニアオーケストラが悪いとは思わないし、かく言う私も子どものときはジュニアオーケストラに入っていたのでそれを非難するわけじゃないけど、あんなに子どもたちが生き生きと舞台上でしているのって多分見たことないんじゃないかなと思う。かなりショッキングだったんです。こんなに人って、生き生きと自由にできるのかって。

大友 そうですよね。やっぱり音楽ってどこか縮こまらせるところがあって、どんなに生き生きした音楽でも、どんなにいい感じの音楽でも、どこかで人を萎縮させるところがあると思うんです。こうやらなきゃいけないっていうのがあると、そこに向かっていくために頑張れば頑張るほど、ちょっと萎縮したものが見えちゃったりして、それはいつも見ていると苦しくて、特に、子どもとかアマチュアのやっているオーケストラとか合唱団を見ると、そこね、苦しいなと。で、意外と、そういうのがないけど、これ音楽として、すげー生き生きしてるんじゃねと思うのが、野球の応援だったりするんですよね。あれ、誰も音楽なんて思ってないんですよ。大騒ぎしてみんなでギャーっていって、誰も音楽やってるって思ってないんだけど、あそこには太鼓も入っているし声も入ってぴったり合うでしょう。この感じがちゃんと出てた方がいいっていつも思っていて、音楽だと思ってやっているものって意外と音楽にならなくて、ならなくてっていうか、生き生きしなくて、そうじゃないと思っているものの方に生き生きポイントがあるなぁって思っているんですよね。

有馬 生き生きするっていう話、実は大友さんと、本番の前日にすごく議論しましたね。実際やっぱり本番に向けていくと、いろんなことをやっぱり決めていかなきゃいけなくなるので。特にカード・コンダクション。

大友 カード・コンダクションは1番だったら何をやる、とか。2番何やるとかっていうのを1から6まであって、それを子どもたちみんなで考えたんだよね。

メンバー うん、考えた。

大友 考えたよな。でさ、本番に向けてそれをフィックスして、何回も練習したら良くなるって思ったの。ところがさ、本当に子どもたちは飽きやすくて、2回くらいやって上手くいくと、もう音がね、明らかに生き生きしてないの。ただ形をやっているだけになっちゃって。

有馬 本番の、本当に、前日に、やっぱりやめようっていって、全部そのパターンを無くしちゃいましたね。

大友 無くした、無くした。っていうのは、みんな上手に演奏できるようになればなるほど、顔がね、ニコニコしてないの。

有馬 そう。ちゃんとできるようになるんだけど、音が生き生きしなくなる。

大友 本当に正直なんですよ、みんな。それでね、顔がニコニコしていないと音もね、生き生きしてないの。そうすると、ただ半端にその形をやっているだけになっていくんですよね。これって多分、音楽だけの話じゃないかもしれないんだけどね。