Theme, Concept テーマ・コンセプト

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Theme, Conceptテーマ・コンセプト

テーマ

オブ ルーツ アンド クラウズ Of Roots and Clouds:
ここで生きようとする

シンリッ/ニㇱクㇽ Sinrit/Niskur (アイヌ語)

コンセプト

札幌国際芸術祭2020は、アートを考えるだけでなく社会を考える芸術祭として、作品を一方的に提示することに甘んじず、芸術祭と関わりを持つすべての皆さんと互いに影響し合い、知的な循環・交流の場を構築していきます。私たち一人一人が社会に向き合い、共に生きようとするとき、芸術の持つユニークな視点は、現実のさまざまな課題を捉え直すツールや方法としてどう活用できるのか。皆さんと共に考察していきたいと思います。

土の下、空の上

2020年冬、3回目を迎える札幌国際芸術祭(略称:SIAF)のテーマは「Of Roots and Clouds: ここで生きようとする」です。大地に張る根(roots)と大空に浮かぶ雲(clouds)は、まさに北海道、札幌の広大な自然を象徴する情景であり、地球における人間の活動範囲と捉えることもできるでしょう。

雲が雨や雪となって大地にしみ渡り、川や海を経て再び空に戻るように、そこには絶え間ない循環と移り変わりがあります。 樹木は人の目に見えないところで根を伸ばし、雲は手を伸ばしてもつかめません。人々は長い年月をかけて、そういった目に見えないもの、手につかめないものの間に社会を構築してきました。土の下には、草木の根だけでなく先祖の記憶や過去の出来事が眠り、空の上には、雲や鳥だけでなくテクノロジーが生み出した見えないネットワークが浮かぶようになりました。しかし今では、その社会が生み出す膨大な量の情報が、雪のように音もなく降り積もり、まるで雪山のホワイトアウト現象で視界を失ったかのように、自分の居場所や目指すべき方向がわからなくなることもしばしばです。 永遠に続くと思われた自然の循環も、人間の手によって危険にさらされています。

地質学者たちは20年ほど前から、人間の活動が大規模な地震や噴火に匹敵するほど致命的な地質学的影響を与える「人新世」の時代に突入したと主張しています。この考え方には賛否両論ありますが、少なくとも私たち人間の行動が、自分たちの住む惑星そのものを破壊し得るのだということ、そして私たちが直面する社会や政治の問題、日々の生活の課題を克服し、次の世代につなげていくためには、人間社会だけ見ていても解決しないのだということについて、警鐘を鳴らしています。つまり人は、目の前に降り積もる雪のことだけでなく、その雪がどこから来てどこへ行くのか、普段の生活では見えてこない部分にまで想像力を働かせ、未来を考える必要に迫られているのです。

雪の中に見つける
共生のヒント

今回SIAFをこれまでの夏開催から冬開催にシフトした意義も、ここに見出すことができるでしょう。札幌市のように人口 200万人規模でありながら降雪量が5メートルを超えるというのは、世界的にも珍しいことです。大都市の特徴と厳しい自然が重なる札幌は、2020年東京オリンピック・パラリンピック後の未来に不安の声が上がる日本で、自然と共生する現代的なコミュニティのあり方を志向するのに最適な場ではないでしょうか。SIAFでは2014年の初回より「都市と自然」を大きなテーマに掲げ、人と自然の関わりについて考えてきましたが、この難しい時代に改めて、土地の歴史、地理、文化を見つめ、自分たちの未来をどう切り開いていくかを考える一つの方法として、芸術から社会をまなざす視点を提案したいと考えています。

北海道では以前から、雪や氷を活用して美しい風景をつくり出したり、冬を楽しむ祭りを催したりと、自然の猛威に視点を変えて向き合う試みが各地で行われてきました。1950年から続く「さっぽろ雪まつり」もその一例です。こうした長年の創意あふれる取り組みを引き継ぎながら、雪を素材とする表現や、雪のある環境そのものを歴史的に捉える活動など、自然と対峙する芸術的視点を掘り下げ、これからの世界をクリエイティブに生きる知恵を探求していきます。

大地の記憶に学び
未来に向き合う

また、北海道の大地には、さまざまな人々が暮らしてきた長い歴史が編み込まれています。SIAFはこれまでも北海道における芸術祭として、アイヌの人々の文化や創造性を大切に考えてきました。そして3回目の今回は、今に受け継がれる経験や知識への心からの敬意と、未来への協働の意志を改めて示すため、芸術祭のタイトルとテーマを日本語・英語に加えてアイヌ語でも表記します(Sinritは根・ルーツ、Niskurは雲の意)。

その土地に根差す固有の歴史や環境に向き合うことは、一見ローカル(偏狭的)なようでいて、世界のどの地域にも存在するその場特有の問題に向き合うヒントとなる、グローバルで普遍的な視点を発見することにつながります。多様な価値観や文化を互いに認め合う真の共生社会への志向は、今や世界的な課題であり、ミッションです。このミッションを共有する国内外からの作品を前に「私たち」のあり方を捉え直すことで、ローカルとグローバル、両方の視点の獲得を試みます。そしてSIAF2020は、地球規模の未来への歩みの中で「ここで生きようとする」すべての人々が、それぞれの視座より世界を見つめる方法を獲得し、会期が終わった以後もそのまなざしの交流と循環が続くような、どっしりと大地に根を下ろした芸術祭を目指します。

三つのディレクション

SIAF2020は、1名のゲストディレクター制から複数の専門性を持つ3名のチーム制へと体制を変更し、ディレクターチームで練り上げたテーマとコンセプトを基盤に、さらなる躍進を目指します。

企画ディレクター2名は、現代アートとメディアアート、それぞれの特性を生かしながら、アーティストやキュレーターとの対話を通じて展覧会と関連プログラムを企画・監修します。コミュニケーションデザインディレクターは、展覧会作りの段階から企画ディレクターたちと協働し、鑑賞者とのあいだに立って、芸術祭をより多くの人々に届けるためのプログラムを企画・監修します。

3名が対等な立場で協議しながら、展覧会・プログラムの充実を目指すのはもちろんのこと、分かりやすく魅力的に伝えるための方法を企画段階から考え、実践していくのが特徴です。芸術祭全体は、現代アート担当の企画ディレクターが統括します。

現代アート

企画ディレクター(現代アート担当)/統括ディレクター天野 太郎
企画ディレクター(現代アート担当)/統括ディレクター天野 太郎

国内外の多様な背景を持つアーティストが、前述のコンセプトを念頭に自らの身近な「風景」を捉え直し、その意味を再確認していくような作品を制作・発表します。その中で、例えば江戸時代から北国とその他の地域を結ぶ役目を担っていた「北前船」などの歴史的事象を通じて、北海道の地政学的な位置付けを「人」「もの」「こと」の流通において再考することや、北海道で活動する学芸員たちと協働して地元の美術館・博物館の所蔵作品も取り入れながら、この土地が持つ文化価値に焦点を当てるなど、地域性を生かした取り組みにも力を入れます。

また、テーマが示す循環の過程に時間の流れが内包されているように、美術史に内包される時間から読み取れるものについても考えます。例えばデジタルメディアの台頭により、オリジナルとコピー(模倣)という概念を再定義する世界が新しい視覚イメージとして現れ、これまで美術の基本となっていた重要な考え方—作家の自律性(autonomy)や作品の真正性(authenticity)—が揺らいでいます。それはこれからのアーティストや作品のあり方を問うものであると同時に、後世のために何をどう作品として残していくのかという、アーカイブと保存の問題にもつながっています。カセットテープや初期のコンピュータなど、作品を支える技術が時代に取り残されていくとき、その作品は時代を超えて作品であり続けられるのでしょうか。スマートフォンやインターネットなど、多くの人々の思考や記憶そのものがテクノロジーに依存している今、過去から未来への接続方法にも新しい発想が求められています。

メディアアート

企画ディレクター(メディアアート担当)アグニエシュカ・クビツカ=ジェドシェツカ
企画ディレクター(メディアアート担当)アグニエシュカ・クビツカ=ジェドシェツカ

大地と空の間で大きく変化しながら動き続ける現代社会と未来について考えるとき、歴史や地政学と同等に重要なのが、アルゴリズムに支配され、第四次産業革命のただ中でデジタル化・AI化の進む現在との向き合い方です。それは今まさに頭上に浮かぶ雲(クラウドコンピューティングや世界的な通信ネットワーク)と、降り積もる雪(情報と多様化する発信方法)との暮らし方に例えることができるでしょう。そこで今回のSIAFでは、現代アートとメディアアートを区別することが可能かについて自問しながらも、あえてテクノロジーと相関する芸術表現をメディアアートとして独立させ、その意味と取り組みについて重点的に考えていくことにしました。

SIAF2020では、コミュニケーションとテクノロジー、そしてその専門的な技術、方法、道具が、常に人間の認知、社会、文化、生活と自然のあり方を形作り、再定義してきたことに着目し、メディアアートを芸術の視点から社会をまなざす具体的な方法と捉えます。札幌市は早くからテクノロジーと都市のあり方の関係性に着目し、ユネスコ創造都市ネットワークの「メディアアーツ都市」に立候補、2013年にアジアで初めての都市として認定されました。メディアアートは、単にテクノロジーを理解し、賞賛するためのものではなく、独特の視点から日常におけるテクノロジーの役割を問うものです。そして今や日常生活に一番密接に関係する表現であり、人々の創造性や、世界を認識することへの探究心そのものを反映すると言っても過言ではありません。人々がメディアアート作品に関わることにより、スマートフォンやカメラなど、身近な生活の延長線上にあるテクノロジーや機器と上手に付き合うための見識と手段、そして現実の課題を乗り越えるための批評的視座を獲得できるものと考えます。

進化するテクノロジーと社会の関係を冷静に見つめながら多彩な表現を残したメディアアートの先駆者、ナム・ジュン・パイクはこう述べています。
「私たちの生活は、半分自然であり、半分テクノロジーである。この半々というのが良い。テクノロジーの進歩は否定できない。仕事のために技術は必要だ。しかし技術だけを追い求めると、戦争が起こる。だから私たちは、謙虚さと自然な生活を維持するための、強い人間的な要素を持たなければならない。」
McGill, Douglas C., “Art People”, The New York Times, 3 Oct. 1986.

コミュニケーションデザイン

コミュニケーションデザインディレクター田村 かのこ
コミュニケーションデザインディレクター田村 かのこ

コミュニケーションデザインは、SIAF2020のディレクションの柱の一つとして、芸術祭と鑑賞者のあいだをつなぐさまざまな企画を実施します。すでにアートと関わりの深い人々だけではなく、札幌市民、北海道民、そして道外、海外へと広がる多様な人々のそれぞれのあり方に心を寄せ、より遠くへ、未来へ、芸術祭の枝や根をのばしていくための趣向を凝らし、社会の循環の中でSIAFが担うべき役割を追求していきます。

SIAFを「のばす」とはどういうことでしょうか。その指針はテーマ「Of Roots and Clouds: ここで生きようとする」にあるroots(根、ルーツ)とclouds(雲、クラウド)を、①垂直軸で、②水平軸で、③時間軸で考えることにより見えてきます。

①垂直軸 どこまでも大地に沿ってのびる根のように、上下関係ではなく横のつながりを大切にし、誰とでも平等で対等な関係性を築くこと。形を持たない雲のように、既存の枠組みや人の作った境界線にとらわれないこと。

②水平軸 雪の中に埋まった根のように、見えないものの存在にも想いをはせること。空に浮かぶ雲のように、手をのばしてもつかめないものの存在にも意識を向けること。

③時間軸 自分のルーツを見つめ直して「私はどこから来たのか」という根源的な問いに向き合ったり、クラウド上に展開する未来の可能性を見つめたりして、人間の一生を超えた、より長い時間軸で物事を考えること。

このように日々の生活で向き合う時空間の外にまで想像の手足をのばし、思考を広げ、未知のものごとや他者にも寛容でクリエイティブなコミュニケーションの場を創設する。コミュニケーションデザインではこのことを念頭におきながら、SIAF2020を分かりやすく魅力的に伝えていきます。